なぜ日本人は食事の前後に言葉をかけるのか?「いただきます・ごちそうさま」の深い意味
日本では、食事の前に「いただきます」、食後には「ごちそうさまでした」と挨拶するのが当たり前の習慣です。
しかし、これらの言葉をなぜ言うのか、意味まで理解して使っている人は意外と少ないかもしれません。
この挨拶には、単なるマナーを超えた日本独自の価値観や感謝の精神が込められています。
本記事では「いただきます・ごちそうさま」の背景にある文化的意味や語源、他国との違いなどを掘り下げていきます。
食事前後に“言葉をかける文化”は日本特有?
世界の多くの国では、食前や食後に宗教的な祈りを捧げることはあります。
しかし、「いただきます」「ごちそうさま」のように、宗教に依存せず日常的に誰もが言う挨拶として浸透しているのは、実は日本特有とも言える習慣です。
つまりこの習慣は、宗教的儀式でもなく、単なる礼儀作法でもない、日本ならではの“心の文化”なのです。
「いただきます」の意味とは?
「いただきます」は、漢字で書くと「頂きます」。
もともとは物や恩恵を“頭上にいただく”という謙譲語で、「ありがたく受け取る」という意味があります。
この言葉が食事の場で使われるようになった背景には、食べ物は“命”をいただく行為であるという思想があります。
つまり、ただの「食べる」ではなく…
- 命あるもの(動物・植物)をいただく
- それを育てた人・運んだ人・調理してくれた人への感謝
- 自然の恵みへの感謝
これらすべてをたった一言で表現する日本語が「いただきます」なのです。
「いただきます」は命への感謝の表現
私たちが食べている食材は、どれもかつて“生きていた存在”です。
野菜も、魚も、肉も、すべては命を終えて私たちの命を支えてくれるもの。
だからこそ、「いただきます」には『あなたの命を、私の命にさせていただきます』という深い意味が込められています。
これはまさに“命のリレー”という考え方であり、自然の摂理に対する敬意の現れでもあります。
仏教と「いただきます」|五観の偈(ごかんのげ)との関係
この価値観は仏教の影響を強く受けています。
特に禅宗では、食事前に「五観の偈(ごかんのげ)」という言葉を唱えることがあります。
一つには功の多少を計り、彼の来処を量る。
二つには己が徳行の全闕を忖って供に応ず。
三つには心を防ぎ過を離るることは貪等を宗とす。
四つには正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり。
五つには成道の為の故に今此の食を受く。
現代語訳にすると、
- この食事がここにあるまでの努力に感謝する
- 自分の行いを省み、謙虚にいただく
- 心を整え、むさぼらず冷静にいただく
- この食事を薬として健康を保つ
- 悟りを目指し、心身を鍛えるために食す
といった意味合いになります。
このような思想が庶民の日常に溶け込み、「いただきます」という挨拶として簡略化・一般化されていったと考えられています。
形だけになっていない?改めて考えたい「いただきます」の意味
忙しい現代社会では、無意識に「いただきます」と口にしている人も多いでしょう。
でも、その一言の背景には深い歴史と文化、そして他者へのリスペクトがあるということを忘れずにいたいものです。
「ごちそうさま」に込められた感謝と他国との違い
「ごちそうさま」の語源は“走る”ことだった
「ごちそうさま(ご馳走さま)」の“馳走”という言葉、実はもともと「走り回ること」を意味します。
かつて客人をもてなす際には、食材を集め、料理の準備をするためにあちこち走り回って手を尽くす必要がありました。
その労力と尽力に対する敬意を表した言葉が「馳走」なのです。
つまり、「ごちそうさま」とは
『おいしい食事を用意してくれてありがとう』
という感謝と労いの気持ちを込めた挨拶なのです。
「ごちそうさま」が意味するもの
現代では、食事を誰かが用意してくれる場面はもちろん、外食などでもこの言葉を使います。
これは単に「ありがとう」の意味にとどまらず、
- 食材そのものへの感謝
- 調理してくれた人、配膳してくれた人への敬意
- 食事をする環境への感謝
などを含んだ、非常に包括的な「感謝のまとめ」でもあります。
現代社会で薄れつつある「いただきます」「ごちそうさま」
最近では、家庭や外食の場でも挨拶を省略する風潮が目立ってきました。
忙しさや慣れが原因かもしれませんが、改めてこの習慣を見直すことで、食への敬意・感謝・つながりを再認識することができます。
海外ではどうしてる?食事前後の文化の違い
英語圏(例:アメリカ・イギリス)
食前には「Bless this food(この食事に感謝します)」など、神に対する祈りを捧げる場面が見られます。
しかし無宗教層や若者の間では省略されがちです。
フランス・イタリアなど
「Bon appétit(召し上がれ)」というフレーズが有名ですが、あくまで“いただいてね”の意味で、感謝とはややニュアンスが異なります。
イスラム圏
食前に「ビスミッラー(神の名において)」、食後に「アルハムドゥリッラー(神に感謝)」など神への感謝を明確に言葉にする文化があります。
これらと比べて日本の「いただきます」「ごちそうさま」は、宗教的でなく自然・人間・命全体への感謝という点でユニークな存在だと言えます。
子どもたちに伝えていきたい言葉の文化
「いただきます」「ごちそうさま」は、“日本の食文化の根っこ”とも言える言葉です。
これらを子どもたちが意味を理解して使えるようになることは、食育の第一歩。
単なる言葉ではなく、「命を大切にする」「人への感謝を忘れない」という価値観を育てるきっかけになります。
まとめ|言葉には、文化と感謝が詰まっている
「いただきます」と「ごちそうさま」は、単なる挨拶ではなく、日本人が食とどう向き合ってきたかを物語る文化の結晶です。
それは“命をいただく”という事実を忘れないための言葉であり、自分を支えてくれる全てへの感謝の表現。
次に食事をするときは、いつもより少し丁寧に言ってみてください。
その一言が、きっとあなたの食卓をもっと豊かにしてくれるはずです。
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